「道臣(みちおみ)」という名の拳士――空手有段者が、千葉花見川道院で出会った『振子突き』の真実
先日、千葉花見川道院に一人の拳士が入門されました。 47歳。小学生の頃に見習いから6級まで修行し、その後は空手道に打ち込み、有段者として研鑽を積んでこられた実力者です。
お名前を伺ったとき、私は不思議な縁を感じずにはいられませんでした。 漢字で「道臣(みちおみ)」様とおっしゃいます。 当門の創始者である開祖・宗道臣と同じ名を持つ彼が、数十年という時を経て、今ふたたび道衣に袖を通している。その事実に、深い喜びを感じました。
その日の修練は、他の門下生が休みとなり、期せずして私と彼とのマンツーマンでの時間となりました。当道院では、たとえ一人の修練であっても、中止にすることはありません。一人の拳士と、一人の道院長として、腰を据えて向き合う。それは私にとっても、非常に尊い時間だからです。
二人きりの道場で、基本の「振子突き(ふりこづき)」を改めて見直した際のことです。 空手という異なる武道で研鑽を積んできた彼が、私の指導を聴き、実際に身体を動かした直後、驚きの表情を浮かべられました。
「今まで、準備運動のような気持ちで突いていました。動きの一つひとつに、これほど大切な身体操作の要素が詰まっていたなんて……」
少林寺拳法の教えにある「力三分、技七分」。 これは力を否定するものではなく、筋力だけに頼るのを戒める教えです。長年、他武道で確かな鍛錬を積んでこられた彼だからこそ、私が伝えた「身体の使い方の理(ことわり)」が、単なる形式ではない、合理的で鋭い術理であることを瞬時に見抜かれたのでしょう。
なぜその軌道を通るのか。身体の軸をどう使い、重心の移動をどう拳に乗せるのか。
少年時代の記憶や、これまでの武道経験のさらに先にある、緻密な身体の設計図。 マンツーマンだからこそお伝えできた深い「理由」を理解し、自分の身体が見違えるように変わっていく。この知的な納得感こそが、大人が少林寺拳法を学ぶ最大の醍醐味です。
「道臣」という名を持つ彼が、自らの納得を求めて当道院の門を叩き、今、一人の拳士として新たな歩みを始めています。その眼には、新しい発見に胸を躍らせる純粋な輝きが宿っていました。
形をなぞるだけではない、裏付けのある動き。 あなたも千葉花見川道院で、その「納得の瞬間」を体験してみませんか。
当道院には現在、彼のような他武道の経験者はもちろん、他道院から更なる研鑽を求めて兼籍された四段、五段といった高段者の拳士も共に汗を流しています。
初心者の方はもちろん、経験を積んだ方ほど驚く「術理の深さ」がここにあります。 興味を持たれた方は、ぜひ一度その空気を感じに来てください。


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